ブレークスルーを生むTRIZ思考:企画の矛盾をアイデアに変える方法
企画の矛盾がアイデアを阻害する背景
企画や新規事業のアイデア創出において、私たちはしばしば避けられない「矛盾」に直面します。例えば、「高品質なサービスを提供したいが、開発コストは抑えたい」「多機能で便利にしたいが、ユーザーにはシンプルに使ってほしい」「迅速に市場投入したいが、リスクは最小限に抑えたい」といった、相反する要素を同時に満たそうとする際に生まれるトレードオフです。
これらの矛盾は、多くの場合、アイデアの可能性を狭め、妥協や行き詰まりを生じさせます。既存の枠組みの中で考え続ける限り、この壁を乗り越えることは難しく、結果としてありきたりなアイデアしか生まれない、という状況に陥ることがあります。
こうした企画の停滞を打破し、ブレークスルーを生むためには、矛盾そのものをアイデアの源泉と捉え直し、体系的に解決を図るアプローチが有効です。そこで注目されるのが、旧ソ連で生まれた発明問題解決理論、TRIZ(トゥリーズ)思考です。
この記事では、TRIZがどのように企画における矛盾を解消し、斬新なアイデアを生み出す手助けとなるのか、その基本原則と具体的な応用方法について解説します。
TRIZ(トゥリーズ)思考とは
TRIZ(Theory of Inventive Problem Solving)は、「発明には一定の法則性がある」という考えに基づき、過去の膨大な数の特許分析から導き出された問題解決のための体系的なアプローチです。もともとは技術分野の発明を支援するために開発されましたが、その根底にある「矛盾の解消」という考え方は、企画立案やビジネスにおける問題解決にも広く応用可能です。
TRIZが従来の思考法と異なるのは、問題発生時に既存の解決策を探すのではなく、まず問題の本質にある「矛盾」を明確にし、その矛盾を解決するための「普遍的な原理」や「標準的な解決策」を適用するという点にあります。
企画における「矛盾」の特定と分解
TRIZを企画に応用する第一歩は、企画における課題や目標の中に潜む「矛盾」を正確に特定することです。TRIZでは、矛盾を主に以下の2つのタイプに分類します。
- 技術的矛盾: ある特性を改善しようとすると、別の特性が悪化するという関係です。「製品の強度を上げると(改善)、重量が増える(悪化)」のように、トレードオフの関係にある要素の間に存在する矛盾を指します。企画においては、「サービスの利便性を高める機能を追加すると(改善)、ユーザーインターフェースが複雑になる(悪化)」といった形で現れます。
- 物理的矛盾: あるオブジェクトが、同じ特性について同時に相反する状態を持つ必要があるという矛盾です。「飛行機の翼は強度が必要なため厚い方が良いが、空気抵抗を減らすためには薄い方が良い」のように、一つのものが同時に「厚い」と「薄い」という状態を求められる矛盾です。企画においては、「ターゲット顧客層は広くしたいが、サービスはニッチなニーズに深く応えたい」といった、対象や状態に関する矛盾として現れることがあります。
これらの矛盾を明確に定義することが、ブレークスルーにつながるアイデア創出の出発点となります。課題を「〇〇を改善したいが、そうすると△△が悪化してしまう」あるいは「〇〇は△△であると同時に□□である必要がある」という形式で具体的に記述することで、矛盾の核心が見えてきます。
ブレークスルーを生む TRIZの「矛盾解消原理」
TRIZの中核となるツールの一つに「40の発明原理」があります。これは、過去の発明に共通して見られる解決パターンを抽象化したものであり、特定した矛盾を解消するためのヒントを与えてくれます。40原理すべてを覚える必要はありませんが、企画に応用しやすい代表的な原理を知っておくことは非常に有用です。
いくつか例を挙げ、企画における応用例と共に解説します。
- 原理1:分割 (Segmentation)
- オブジェクトやシステムを独立した部分に分ける、または分離可能にする。
- 企画への応用例: サービス全体を一度に提供するのではなく、基本機能とオプション機能に分ける。顧客層を細分化し、それぞれに最適化されたサービスを提供する。
- 原理10:事前の作用付与 (Preliminary Action)
- 必要となる作用を、それが最大限の効果を発揮する前に実行する。
- 企画への応用例: 顧客の潜在的なニーズを先回りして捉え、サービス設計に反映する。問題が発生する前に予防策としてトレーニングや情報提供を行う。
- 原理13:逆転 (Inversion)
- 通常のプロセスや動作とは逆の方向や視点から考える。有害な作用を利用する。
- 企画への応用例: 顧客が「買わない理由」を徹底的に分析し、そこからサービスの改善点や新たなアプローチを見出す。競合の「弱み」を自社の「強み」に変える。
- 原理15:動的化 (Dynamicity)
- オブジェクトや環境を固定するのではなく、変化させたり適応させたり可能にする。
- 企画への応用例: 固定的な料金体系ではなく、利用状況や顧客のフェーズに合わせて変動する料金プランを導入する。一度きりのイベントではなく、継続的に変化・発展していくコミュニティを設計する。
- 原理28:要素システムの代替 (Replacement of a Mechanical System)
- 機械的なシステムを、光学、音響、熱、化学、電磁場などの別のシステムで代替する。
- 企画への応用例: 人手によるサービス提供を、AIや自動化ツールで代替する。物理的な店舗での体験を、オンラインのバーチャル体験で代替する。
- 原理40:複合材料 (Composite Materials)
- 複数の異質な材料を組み合わせて、個々の材料では得られない特性を持つ新たな材料を創造する。
- 企画への応用例: オンラインとオフライン、デジタルとアナログなど、異なるチャネルや要素を組み合わせて、新たな顧客体験を創造する。複数の既存サービスの特徴を組み合わせた新サービスを開発する。
これらの原理は、特定した矛盾に対して「どのような解決策の方向性があり得るか」という視点を提供します。40の発明原理の詳細については、専門書籍などを参照することでより深く学ぶことができます。
TRIZを企画に応用する実践ステップ
TRIZを日々の企画業務で活用するための基本的なステップは以下の通りです。
- 企画課題における「矛盾」の明確化:
- 取り組んでいる企画課題や目標を書き出します。
- その中で、「〇〇を良くしようとすると、△△が悪くなる」といった技術的矛盾や、「〇〇は同時に△△であり□□でなければならない」といった物理的矛盾がないかを探します。
- 矛盾を具体的な言葉で、できるだけ簡潔に定義します。
- 関連する矛盾解消原理の探索:
- 特定した矛盾に対して、40の発明原理の中から関連性が高いと思われる原理、あるいは発想のヒントになりそうな原理をいくつか選び出します。
- どの原理がどのタイプの矛盾に有効かを示唆する「矛盾マトリクス」といったツールも存在しますが、最初は原理リストを眺めながら直感的に選んでみることから始めても良いでしょう。
- 原理に基づいたアイデアの発想:
- 選び出した原理を参考にしながら、「この原理をこの矛盾に適用すると、どのようなアイデアが考えられるか?」と問いを立て、具体的なアイデアをブレインストーミングします。
- 原理を文字通りに適用するのではなく、その根底にある考え方を理解し、企画の文脈に合わせて柔軟に応用することが重要です。
- アイデアの評価と洗練:
- 生まれたアイデアの中から、実現可能性、新規性、課題解決への貢献度などを基準に評価を行います。
- 有望なアイデアは、さらに詳細化し、具体的な企画としてまとめていきます。
このプロセスを繰り返すことで、従来の思考では思いつかなかったような、矛盾を巧みに解消する斬新なアイデアに到達する可能性が高まります。
TRIZ活用のポイントと注意点
TRIZは強力なツールですが、万能ではありません。活用する上でのポイントと注意点があります。
- 完璧を目指さない: 40原理すべてを理解し、使いこなす必要はありません。まずはいくつかの原理に焦点を当て、試行錯誤しながら慣れていくことが重要です。
- 柔軟な解釈: 原理はあくまで発想のヒントです。原理を文字通りに適用するだけでなく、その本質を理解し、自社の企画課題に合わせて柔軟に解釈し応用することで、より効果的なアイデアが生まれます。
- 他の思考法との組み合わせ: TRIZは、KJ法やマインドマップ、デザイン思考など、他の思考法やフレームワークと組み合わせて活用することで、相乗効果を発揮することがあります。
- 実践あるのみ: 理論を学ぶだけでなく、実際に企画課題に適用してみることが最も重要です。小さく始めて、経験を積み重ねてください。
まとめ:矛盾を恐れず、アイデアの源泉に
企画職が直面する矛盾やトレードオフは、アイデアを阻む壁ではなく、ブレークスルーを生むための扉でもあります。TRIZ思考は、この扉を開くための一つの強力な鍵を提供してくれます。
矛盾を曖昧なまま放置せず、明確に定義すること。そして、40の発明原理のような普遍的な解決パターンを参照しながら、体系的にアイデアを模索すること。このプロセスを実践することで、単なる妥協ではない、矛盾を統合的に解消するような斬新なアイデアに到達できる可能性が拓けます。
日々の企画業務の中で、「この課題の本当の矛盾は何だろう?」と問いを立て、TRIZの視点からアイデアを探求する習慣をつけてみてはいかがでしょうか。それは、あなたの発想を逆転させ、新たなブレークスルーを生み出す一歩となるはずです。